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大分県豊後高田市の田染荘小崎地区は、国東半島の南西部にある農村集落で、
平安時代や鎌倉時代から耕地や集落の位置がほとんど変わらず継承されています。
機械や農地の大型化が進む中で、小さくいびつな形の水田が連なる
古き日本の田園風景の維持を選択した農家や住民は、
「先人から受け継いだ景観を次につなぐ」という
強い思いで独自の農村運営を切り拓いています。

文化的価値を認められた景観

 田染荘小崎地区は、2010年に国の重要文化的景観に選定され、翌年の2011年にユネスコ未来遺産に登録されました。また2013年には、国東半島・宇佐地域が世界農業遺産に認定され、田染荘もその重要な構成要素となっています。

田染荘のはじまりと変遷

 11世紀の荘園遺跡が残る田染荘は、その頃から宇佐神宮の荘園(貴族や社寺の私有地)として発展しました。集落の形成は平安時代後期から鎌倉時代にかけて進んだと考えられ、その頃の地割が現在まで続く場所も数多くあります。集落には鎌倉時代から変わらぬ地名をはじめ、室町時代につくられた石殿(せきでん:仏殿を模した石造物)や戦国時代に築かれた土塁が残ります。武士の力が強くなった鎌倉時代には一時、宇佐神宮から近隣の武士に領有権が移りました。しかし、元寇の国難を乗り越えた後に、宇佐神宮の祈祷に対する御礼として鎌倉幕府から田染荘が返還されました。それ以後は、宇佐神宮の神官の一族が田染氏を名乗り、荘園を管理をするようになります。

昭和・平成に訪れた分岐点

 現在、田染荘小崎地区のさらに山の奥はほとんどが山林になっています。しかし、このエリアにもかなり多くの水田が存在していました。昭和の高度経済成長期から進んだ地域の過疎化と高齢化で耕作しにくい奥の棚田は消滅したのです。足りない水を自然の地形を生かして絶妙なバランスで成立させていた中山間地の田染荘の農業経営は、時代の流れに徐々に難しい局面を向かえました。当地で農村景観の保全への動きが始まったのは昭和の終り頃。平成に入ると史跡指定を受ける動きが具体化していきます。しかし史跡は通常、時の止まった遺跡を対象としているため、農業を続けて景観を保つにはさまざまな問題が浮き彫りになりました。そんな中、田染の中でも他地区で圃場整備が進みます。小崎地区でも圃場整備の話が本格化し、伝統的な荘園集落の景観は消滅するかに思えました。なんとか残したいと模索する有志らは、農水省の「田園空間博物館」整備事業に活路を見い出します。この事業は「屋根のない博物館」とも言われ、農村地域にある自然環境や建物、水路、歴史や文化、そして住民の生活も含めた地域資源を展示物に見立てる地域づくりです。大分県と豊後高田市はこの事業の採用を決定。小崎地区では1999年に「荘園の里推進委員会」が発足しました。委員会は水田オーナー制を応用した「荘園領主制」や、当地の魅力を広く知ってもらう「御田植え祭」を開催します。これらは大きな反響を得て、約10年で荘園領主は約150名を数え、「御田植え祭」や「収穫祭」には大勢の人々が参加するようになりました。

景観の維持管理の工夫

 水田の維持については「無理のない範囲での形状維持」が基本方針となっています。最低限の機械化に対応しつつ区画や経路は変えないように工夫されているのです。例えば、農道は軽自動車が入る幅にするが舗装はしない。水路はU字溝を使うがコンクリートが極力見えない配置に。また、除草剤を使うと水田の畦畔法面の形状が崩れかねないので使用を控えています。他にもさまざまなルールをつくり、景観維持に努めています。

里山に人を惹き込む
田染荘ブランド

 田染荘小崎地区は修学旅行の受け入れをはじめ、教育旅行を目的とする方に当地でとれた作物を使った昼食を提供するなど、観光者の受け入れに積極的で地域ガイドを行う方や農家民宿を営む方もおられます。そのような取り組みを通じて同地を知り、美しい景観や歴史文化を大切にして暮らす地域性に惹かれて、移住する方も少なくありません。地域が長きにわたって脈々と継承した歴史や文化、そして自然と共存する田染荘小崎地区は、独自の歩みで地域の実りを守り続けています。

荘園の里推進委員会 蔵本 学さん(事務局長)

来訪者の存在が景観維持の活力に

 荘園の里推進委員会は主に、当地で取れたお米「荘園米」の販売管理をはじめとする生産者のサポート活動や、観光客の窓口業務、そして田植えや収穫祭、宇佐神宮へお米を奉納する献穀祭などのイベント運営になります。私は約10年前に東京から移住してきました。農家民宿に泊まり、田染荘を含む周辺地域の魅力に惹かれたのがきっかけです。当地の高齢者はとても元気です。景観維持に関する作業で忙しくしているからだと私は思います。圃場整備をしていない田んぼは手間暇がかかるんです。地域総出の草刈りをはじめ、棚田の法面管理にも余念がありません。故郷の景観を守るという使命感をみなさんお持ちですね。地域外から訪れてくれる人の存在は、農家にとって景観維持のモチベーションアップにつながります。だから、ぜひ一度来て、見て、感じてみてください。