全農
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 米騒動は1918(大正7)年、米価暴騰による生活難に大衆が米の値下げ販売を要求して米店、富豪、警察などを襲撃した事件です。富山県沿岸部で起こり1道3府32県に波及。鎮圧に軍隊が出動するなど、前代未聞の全国的な暴動に発展しました。
 米騒動の始まりは、港で荷役労働に従事する女性20~30人による平和的な陳情でした。場所は北海道や樺太などに貨物船が出航していた現在の富山市水橋地域。米を港から積み出す移出米商に、「他所に出さずに私達に売ってくれ」と同年7月初旬から毎日のように値下げをお願いに出向きます。要求を聞き入れない移出米商に対して、やがて米の積み込みを人間バリケードで妨害するなどの行動に出ると、一般の人々も参加しました。同じような騒ぎは、他の富山県沿岸部でも同時期に起こっており、7月23日に現在の魚津市で発生した漁師の夫人ら数十名による米の移出阻止運動などが新聞で報じられると騒ぎは全国に飛び火します。当時の日本は、第一次世界大戦の好景気で「成金」が誕生する一方、賃金上昇を上回る物価の高騰に、多くの庶民は生活苦を感じていました。都心部などに騒動が広がると焼き討ちなど抗議行動は激化。9月中頃まで騒動は続きました。
 社会に対する不満が日本中でくすぶる中で、水橋地域の女性がいち早く声を上げたのは、北前船時代から女性が荷役労働に出る習慣が確立しており、普段から強固な連帯感を培っていたからではないかと言われます。米騒動後に寺内内閣は責任を取って総辞職し、後に平民宰相と呼ばれた原敬が日本史上初となる政党内閣を組閣。国民の要望に応じた政策を数多く実行しました。

約100年前の米騒動を題材にした映画が、2021年1月に全国で公開予定です。